蔵人が米作りを行うようになったのは15年前のこと。
これには農家の高齢化、後継者不足はもちろん、弊社の想いでもある里山の景観維持や棚田保全があります。
また、もう一つは蔵人が担うことで『見えるものづくり』ができること。
蔵見学や田植え稲刈り体験会などの実施もその理由の一つです。

デビュー当時


《デビュー当時!まだユニホームなし》

ただ…私の場合、 始まりは容易ではなかった。写真はめっちゃくちゃ笑顔ですが。

今や棚田は我がホームグラウンドですが、デビュー当時はアウェイ感が半端なく、辛いことも多々ありました。
まるで異星人扱いのような。米作りの土俵に立ち、相撲を取りたいのに塩すら撒けない状態です。

デビュー当時2

無知で未経験のド素人が地元農家さんから厳しい言葉を受ける日々。
田んぼに石や缶が投げ入れられることもしばしば、ひどい時には農薬の空容器が捨てられてたことも…さすがにこれは絶句。
仕事も簡単には教えてくれません。
仕方がないので関係機関に聞いたり ネットサーフィンしたりと。

まぁ〜、そりゃそうだ!相手の立場なら、愛着ある我が土地に何も知らない異星人の登場です。反発が凄まじいのは無理もない。特におべんちゃらが苦手な私ともなれば。

そんな事もあり、当時は大人げなく不貞腐れた態度が多かったように思います。

村仕事1

村仕事2

≪村仕事≫

でも3年目ぐらいから考えを改め『米作りの前に人作り』を念頭に置き、蔵人総出で村仕事に参加したり、他農家さんの手伝いなどを積極的に行ってきました。

その後、少しずつ変化が。
『コイツら、見た目ほど悪なさそうやし、ちょっとは使えそうやな!』 ってとこでしょうか。

お手伝い

《田植えの手伝い》

苦手意識を取っ払い、しっかりと向き合うことで風向きは追い風状態へと。
今となっては、何かとお気遣いいただいたり、丁寧にご指導してくださいます。
また、毎年山のようなワイロ(山菜、野菜など)も届き、微力ではありますが頼ってもらえる存在にもなってきたのかな〜ってポジティブに考えております。

当時はそんなふうに頭を抱える事もありましたが、また逆に喜びもたくさんありました。
何より米を作るノウハウを得たこと。また、それを通じていろんな方々とお会いし学びを得たこと。私にとっては大きな!大きな!財産です。

まぁ、そんなこんなの15年でした。

早いもので来月末から また職場は田んぼへ。
今年も農家さん達と お互い力を合わせ、たまには喧嘩もし、汗を流します。

多くの方が蔵や棚田へ足を運んでくださるのを楽しみに。


       米作り担当 伊藤